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東京地方裁判所 昭和41年(レ)180号 判決 1968年7月06日

控訴人 伊藤元四郎

訴訟代理人弁護士 横山正一

被控訴人 藤木秀吉

訴訟代理人弁護士 平井直行

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、控訴人は被控訴人に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し、昭和三九年九月二六日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金九〇四円の割合による金員を支払え。

三、被控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

五、この判決の第二および第四項は仮りに執行することができる。

事実

一、(控訴の趣旨および答弁)

(一)  控訴人「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審ともに被控訴人の負担とする。」との判決を求める。

(二)  被控訴人「本件控訴を棄却する」との判決および原判決中別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)の明渡と昭和三九年九月二六日以降右建物明渡に至るまで一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による金員の支払を命じた部分につき、仮執行の宣言を求める。

二、(被控訴人の請求原因)

(一)  被控訴人は昭和三三年六月二五日、その所有にかかる本件建物(但し後記の増改築前の状況であった)を、控訴人に対し期間の定めなく、賃料一ヶ月金二、五〇〇円毎月末日払の約で賃貸して引渡した。なお右賃料は昭和三六年四月より両者合意のうち一ヶ月金三、〇〇〇円に増額されている。

(二)  ところが控訴人は昭和三八年一〇月頃、従前別紙図面(A)記載の間取りであった本件建物を、同図面(B)記載の間取りに増改築した。その具体的内容は次のとおりである。

(イ)  同図面(A)中、台所と表示されてある部分約〇・七五坪(二、四七平方米)を、物置に改築した。

(ロ)  同図面(A)玄関と記載されてある部分約一坪(三、三平方米)を、完全に取毀し、その跡に板張りのダイニングキッチンおよび玄関合計約三・二五坪(一〇、七四平方米、同図面(B)参照)を新たに増築した。

(ハ)  同じく図面(A)中床の間および廊下と記載されてある部分約一・二五坪(四、一三平方米)を取毀し、新しく板張りの勉強部屋兼サンルーム約二・七五坪(九、〇九平方米、同図面(B)参照)に増改築した。

(三)  そこで被控訴人は昭和三九年九月二四日付翌二五日到達の内容証明郵便でもって、控訴人に対し賃貸借契約解除の意思表示をした。

(四)  さらに控訴人は昭和三八年七月一日以降翌三九年八月末日までの賃料合計金四二、〇〇〇円の支払を延滞していた。そこで被控訴人は前記内容証明郵便をもって、その到達後三日以内に右延滞賃料を支払うよう催告し、その支払がない場合には賃貸借契約は解除される旨条件付解除の意思表示をした。

(五)  以上(二)(三)および(四)のいずれの解除によるも本件賃貸借契約は終了しているので、被控訴人は控訴人に対し本件建物の明渡と、昭和三八年七月一日以降明渡に至るまで、延滞賃料および賃料相当の損害金として、一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による金員の支払を求める。

三、(控訴人の答弁)

(一)  請求原因(一)を認める。

(二)  同(二)のうち被控訴人主張の頃その主張の間取りに(但し物置部分を除く)増改築したことは認める。(イ)の台所の改築は、控訴人の前賃借人訴外高橋文雄がしたもので、控訴人が入居した当時すでに、台所の流し台は別紙図面(A)中玄関の半分を占めて置かれていたのである。また(ハ)の勉強部屋兼サンルームの増改築により増築された部分は、従前廊下であった部分(同図面(A)参照)を除いた、約一、五七坪(四、一八平方米)にすぎず、右の旧廊下の部分は、腐朽していた支柱および板張りを取換えるなどの補修をしたにすぎない。(ロ)のダイニングキッチンおよび玄関の増築をしたことは認める。

(三)  同(三)および(四)の解除の意思表示および催告があったことは認める。同(五)は争う。

四、(控訴人の抗弁)

(一)  控訴人は昭和三四年九月頃、本件建物の屋根の修理、老朽個所の補修、水道の引込等の工事をするにつき、まえもって被控訴人の承諾を得ていた。控訴人は右の補修工事をなすにあたって、家族のたっての願いに答える必要から、そのついでに妻のためダイニングキッチンを、学童三人のため勉強部屋兼サンルームをそれぞれ増改築したのであり、その増改築とて右の補修の程度を若干超えたにすぎない。その結果被控訴人所有の本件建物はその価値が増大こそすれ、被控訴人にはなんらの損害も発生していない。これに対し、被控訴人は余裕のない生活のなかから、自己の負担において右の工事に相当額の金員を支出しているのであって、増改築につき被控訴人の明確な承諾を得なかったとしても、賃貸借における信頼関係を破るものではない。従って被控訴人の解除は無効であるか、解除権の濫用として許されないものである。

(二)  昭和三八年七月一日から同三九年三月分までの賃料合計二七、〇〇〇円は、同三九年三月三日控訴人が被控訴人方に持参し提供したところ、被控訴人は控訴人の増改築を理由に立退きを求め、その受領を拒んだので、翌四日供託した。従って、右期間中の賃料は支払済みであるのに、被控訴人は請求原因(四)記載のとおり、右期間中の賃料の支払までも催告してきたのである。そしてこの二重催告に加え、被控訴人は前記の増改築を理由に契約を解除する旨通告してきたので、控訴人としては、これらの問題が解決をみない以上、催告額の支払をすることは困難であった。このような状況の下では、三日という短期の催告期間内に、支払ができなかったからといって、直ちに契約の解除を認めるべきではない。

(三)  被控訴人から催告のあった金四二、〇〇〇円(右の二重催告分を含む)については、被控訴人の長男賢が若し持参するなら受領するというので、催告期間経過ではあったが同年一〇月一四日に、九、一〇月分もあわせて支払った。これにより被控訴人は本件賃貸借契約の解除の意思表示を撤回したものである。たとえ撤回の事実が認められないとしても、右事実からすれば、控訴人には賃料を誠実に支払う意思があり、その能力もあることが明らかであり、前記(二)の事実とあわせれば、賃料不払を理由に解除されるいわれはないものである。

(四)  本件建物は昭和二五年七月一日以前の建築にかかる延面積三〇坪以下の居住用建物であって、地代家賃統制令の適用を受けるものであり、その家賃統制額は昭和三八年以降一ヶ月金九〇四円である。従って請求原因(一)記載の一ヶ月金三、〇〇〇円の賃料の約定は、同令により無効であるところ、被控訴人は統制額をはるかに上まわる右約定額をもって、賃料の支払を催告したのであるから、この催告は著しく過大であって解除の効果は発生しない。

五、(抗弁に対する被控訴人の答弁)

(一)  抗弁(一)は争う。被控訴人は控訴人が本件建物の雨漏程度の修繕をすることを承諾したことがあるが、その他の工事の承諾をしたことはない。控訴人の増改築はその規模の大きさからみてすでに契約上の信頼関係を破るものである。

(二)  同(二)のうち、控訴人主張の期間の賃料の提供、被控訴人の受領拒絶および供託の事実は認める。ただし右提供は口頭の提供のみで、現実の提供はなかった。被控訴人が右期間中の賃料をもあわせて支払の催告をしたことは認めるが、この催告は右の期間後の昭和三九年四月分以降の賃料の催告として有効である(大判明治三八年六月四日民録一一輯一〇三九頁、同昭和二年三月二二日民集六巻四号一三七頁、最判昭和二九年三月二六日民集八巻三号七三六頁)。

(三)  同(三)のうち被控訴人の長男賢が控訴人主張の金額を受取ったことは認めるが、その趣旨は単に預ったものにすぎず、契約解除の意思表示を撤回したものではない。その当時被控訴人は、控訴人に対して解除の意思表示をし(昭和三九年九月二四日)、かつ解除の効果を主張して同年一〇月六日本訴を提起し争っていたものであり、とうてい継続して賃貸するような実情になかったのである。

(四)  同(四)のうち本件建物が昭和二五年七月一日以前の建築にかかる建坪三〇坪以下の居住用建物であることは認めるが、控訴人の前記の増改築により統制令の適用対象外の建物に変化したものと解すべきである。かりに統制令の適用があるものとすれば、その統制額が控訴人主張のとおりであることは認める。しかしながら前記の催告が統制額を超えるものであるとしても、それは合意で成立した家賃の催告であるから、統制額の限度において右の催告を有効と解すべきである。

六、(立証)≪省略≫

理由

一、被控訴人の請求原因(一)および(三)の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで右(三)の無断増改築を理由とする解除の意思表示の効果について検討すると、結論として有効であると判断できる。

(一)  まず、当事者間に争いのない事実ならびに≪証拠省略≫によれば、本件建物は戦前に建てられた古い建物であるところ、昭和三八年秋頃別紙図面(A)中廊下と記載ある部分(約一、二五坪)の支え柱などが腐朽してきたので、控訴人はこの部分の補修工事をなすことにし、支え柱を取り換え、廊下の板張りを張り換える工事を大工に依頼したが、そのついでに特に貸主である被控訴人に断ることなく、右旧廊下部分の板張りを拡げ、従前の床の間を取毀して別紙図面(B)中勉強部屋兼サンルームと記載されてある部分(約二、七五坪)の如く増改築をなし、また、同図面(A)中玄関と記載ある部分(約一坪)を取毀して、同図面(B)中玄関、ダイニングキッチンと記載してある部分(約三、二五坪)を新たに増築したこと(なお当事者の主張にないが、右の工事に際し、同図面(B)中出窓と記載してある部分を増改築したことが認められるが、小規模にとどまる)、以上の事実が認められる。なお控訴人が同図面(A)中台所と記載されてある部分の改築をしたとの事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  ところで、控訴人は本件建物の補修工事をなすについては、まえもって被控訴人の承諾を得ていたし、右の増改築は承諾を得ていた補修工事の程度を若干超えたに過ぎないという(抗弁(一))のであるが、≪証拠省略≫をもってしても、被控訴人が昭和三四、五年頃本件建物の腐朽部分の補修工事あるいは水道の引入れ、建具の取付等の小規模の修繕や造作をなすことを承諾したことがあったことは認められても、これを超えて控訴人の居住の便宜のため、前記のような規模の増改築をなすことまで承諾していたものとは認められず、右の尋問の結果および証言中には、被控訴人が前記の当時「家賃が安いのだから、控訴人が負担して行うのなら住み良いように改築してよく、その程度を問わない」旨述べていたという供述があるが、その供述自体疑わしいばかりでなく、控訴人本人尋問の結果によれば、屋根の修理、水道の引込み、ガスの引入れ等を行った際には、その度毎に被控訴人の承諾を求めていた事実が認められ、この事実に原審および当審における被控訴人本人尋問の結果を併せ判断すると、被控訴人がまえもって相当程度の改築を承認していたものとは認められない。また、前記の増改築の程度が、右に認定した従前被控訴人が承諾した工事(これらの工事はすでに完了している)の程度を若干超えたにすぎないものとは、とうてい認めるわけにはいかない。すなわち前記認定のとおり、いかに家族の要望によるとはいえ、玄関ダイニングキッチンの増築の如きは、従前あった一坪の玄関の部分を全く取毀し、新たに三坪強の建増をしており、また勉強部屋兼サンルームの部分においても、床の間の部分の取毀しおよび一坪二合五勺の増加が行われていて、右の工事の程度は家屋のもとの建坪が九坪七合五勺であることを考えると、比較的大きな規模であるといわざるを得ないからである。

よって、右の無断増改築はその規模程度からみて、賃貸借における信頼関係を破壊するものといわねばならない。

(三)  さらに控訴人は、右の増改築は家族の生活の必要から行ったものであること、および増改築の結果建物の価値の増大により被控訴人の利益となっても、損害は生じていないのに対し、控訴人は工事費用に多額の出費をしており、これがそのまま損害となることをあげて、賃貸借における信頼関係は破壊されていないと主張する(抗弁(一))。

しかしながら、借家人の無断増改築が賃貸人との間の信頼関係を破壊するゆえんは、借家人が自己の利便を第一として、賃貸人の権利(多くは所有権)を無視した点にあるのであり、また、建物の効用の点についても、賃借人が増改築によりその使用上便宜を得たことをもって、そのまま賃貸人の利益と判断するのは早計の誹を免れないものというべく、賃貸人にとっての利益、不利益は、まずもって賃貸人の意思決定によらねばならず、その決定がたんに賃借人に対して損害を加える目的だけに由来する場合等不法である場合を除いては、これを尊重すべきものである。これを本件についてみれば、すでに認定したとおり控訴人は被控訴人の承諾を得ずして、旧来の建物の一部を全面的に取毀しており、それ自体被控訴人の損害といえるのみならず、被控訴人が本件建物の老―朽化―この事実は≪証拠省略≫により認める。―を理由に、近い将来これを取毀して建換えを計画していたこと。≪証拠省略≫により認める。―からみれば、とうてい控訴人主張の如く、増改築が被控訴人の利益となっても損失になることはないなどとは認めえないものであるし、また、≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和三五年頃から何時も約定の賃料を滞りがちであったことが認められ、家賃すら満足に払わずに(後記の通り当時一ヶ月金三〇〇〇円の家賃は、統制額を超過するけれども、検証の結果によれば時価に比し決して高額とは認められない)、自己の都合のため無断で増改築をするのでは、被控訴人が控訴人を信頼しなくなるのも、已むをえないところであって、控訴人の全立証によっても被控訴人の増改築不承認の態度を非難すべきものと断ずべき事情をうかがいえないのである。

以上のとおりであるから、前記の増改築があっても、賃貸借における信頼関係の破壊を認めるべきでない特別の事情があるという控訴人の主張は、いずれも理由がなく、前記の解除の意思表示は有効であって、これを権利の濫用と解すべきではない。

三、次に、右の解除の意思表示が撤回されたか否か(控訴人の抗弁(三))を判断すると、撤回の事実を認めることはできない。

すなわち、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果ならびに成立に争いのない乙第四号証(預り証)によれば、控訴人は被控訴人から延滞賃料の支払につき催告を受けたが、その期間(昭和三九年九月二八日迄―当事者間に争いがない)経過後の同年一〇月一四日に、催告―この中には既に供託した賃料九ヶ月分が含まれていた―のあった賃料一四ヶ月分金四二、〇〇〇円と同年九、一〇月分金六、〇〇〇円の合計四八、〇〇〇円を被控訴人方に持参したところ、その際被控訴人本人は外出中であり、同人の息子である賢が、被控訴人本人の意思が不明であるので、一応自己の責任で預り置くという趣旨でこれを受領し、その名義で預り証(乙第四号証)を発行したことが認められ、本件記録によれば、被控訴人から控訴人に対する本件訴訟はすでに同年一〇月六日付で提起されており、右の金員受渡後も、被控訴人は裁判所に出頭して訴訟続行の意図を示していること(原審の第一回口頭弁論期日は同年一一月一七日である)が明らかである。控訴人は当審において、右の賃料を持参したのは、持参した日の二、三日前に被控訴人から賃料を持ってくれば受取る旨申入れがあったからであると供述するが、同人はまた前記の催告があったので持参したと供述しており、また当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、同人が前記の増改築を理由に明渡を求めたのは同年三月頃であるが、その後人を介して控訴人に対し、種々の案を示して解決しようとしたが、控訴人はこれらの提案の諸条件を容れないので、最終的に同年九月右の催告をしたうえ、前記のとおり訴を提起したものであることが認められるのであるから、卒然、被控訴人が控訴人の供述するとおり解除の意思を撤回し、賃料受領の意思を表明したものとは考えられず、控訴人の右の供述はただちに措信することはできない。

右認定した他、控訴人が解除の意思表示を撤回したものと認めるに足る証拠はなく、この点に関する控訴人の主張もまた採用できない。

四、従って、本件賃貸借契約は、請求原因(三)の解除の意思表示が控訴人に到達した日(昭和三九年九月二五日)に終了したものであり、控訴人は被控訴人に対し本件建物を明渡す義務がある。よって原判決中、被控訴人の明渡請求を認容した部分は相当である。

ところで原判決は被控訴人の請求のうち金員の支払を求める部分につき、その一部を認容して昭和三九年九月二六日(賃貸借終了日の翌日)以降建物明渡済まで一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による損害金の支払を控訴人に命じたのであるが、控訴人には損害金としても一ヶ月金九〇四円しか、支払義務はないものと認められる。

すなわち、本件建物は昭和二五年七月一日以前の建築にかかる面積三〇坪以下の居住用建物であり(当事者間に争いがない)、前記認定の増改築によっても、その面積は三〇坪を超えず(別紙物件目録参照―当事者間に争いがない)、また従前の建物との同一性を失ったものとは認められないから、(理由二(一)参照)地代家賃統制令の適用があるものと解すべきであるところ、その統制額が昭和三八年度以降一ヶ月金九〇四円であることは、当事者間に争いがない。そして、賃貸借終了後の明渡不履行による損害を算定するにあたって、賃料相当額による(これは被控訴人が主張するところである)場合にも、その額は統制家賃相当額により計算するのが相当であるからである。

五、よって、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 浅生重機 裁判官篠清は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 室伏壮一郎)

<以下省略>

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